自然の中に隠された数学

自然の中に隠された数学物理学を筆頭とする従来の要素還元型の自然科学で取り扱うのが難しい問題がある。そういった問題の一部に対して、複雑系科学をはじめとする非線形科学が有効かもしれない。本書では、カオス理論や複雑系科学によって、これまでの自然科学が上手に取り扱うことができなかった、形やパターンが生まれる仕組みが解き明かされていく様子が描きだされていく。その積み重ねによって、非線形科学の有効性が腑に落ちるように仕掛けられている。本書の内容に魅惑されたなら、スチュアートの他の著作をはじめとした書物に手を伸ばすきっかけを捕まえたといえる。入門書の中の入門書。次の1冊としてはスチュアート「生命に隠された秘密」あたりがオススメ。

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新しい自然学

新しい自然学非線形科学、複雑系、ネットワーク解析などの分野で、何だか期待を抱かせるが、具体的に何ができて何ができないのかが曖昧、という書籍が多い中、本書は正面から非線形科学とは何ものであるかを描きだそうとしている。

第II章は非線形科学の入門編として最高。

第I章は、伝統的自然科学の方法論の限界についての考察として非常に興味深い。第III章は、第I章を踏まえたひとつの挑戦であり提言だが、自然科学のアカデミアが、こうした立場を受け容れていくのか、受け容れていくのならどういう形でなのか、興味は尽きない。

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科学哲学の冒険

科学哲学の冒険科学立国の国でありながら、日本の教育課程ではそもそも「科学とは何か」を教えない。科学とは何で、神話や宗教とはどう違うのか。科学はどうしてこうも「成功」し、この星の文明に多大な影響を与えたのか。なんてことを考えるための手がかりは、ありそうであまりない。

科学哲学とは、科学という営みそのものを研究する分野だが、上に書いたような素朴な疑問を考えるために気軽に紐解けるような入門書は多くはない。そんな中で、本書は非常に読みやすく、しかもけっこう深みのある科学哲学入門書であり、他にほとんど例をみないかもしれない。

科学とは何か、を考えてみたい人が最初に読む一冊としてオススメ。

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実例で学ぶ医学英語論文の構成技法

実例で学ぶ医学英語論文の構成技法本書は、UCSFでの科学論文作法の授業から生まれた教科書で、英語を母国語とする若手研究者のためのものだが、日本人研究者にもものすごく役に立つ。第1部では、単語の選び方、文の構造、パラグラフの構造について、良い文章を書くためにどう考えるのかが論理的に示される。第2部では、論文を構成する序論、材料と方法、結果、議論の各ブロックに、何をどういった順序で書くべきであり、また何を書いてはいけないのかが、明確に理由付けされて著されている。

また、全編にわたり若手研究者の論文草稿が「例題」として示され、どう改善することでよりよい論文になるのかが具体的に示される。

科学論文をどう構成してよいのかについて迷いのある人は、是非本書を眺めてほしい。何かしらのヒントを得られるはずだ。

(原書は2000年に第2版が出版され、図表のまとめ方などに関するレクチャーが追加されている)

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ガリレオの指

ガリレオの指科学に興味を持つ大学生、高校生に是非読んでもらいたい。若者の人生を変えるポテンシャルを持ったすばらしいポピュラーサイエンス。アトキンスの数々の著作の中でも、際だった傑作。

科学的に世界を眺めるためのヒントが全巻にわたって横溢している。全体の構成、構想が凄い。進化、DNA、エネルギー、エントロピー、原子、対称性、量子、宇宙論、時空、算術。さまざまな話題を往還しつつ、大局的には、身近なものから人間の知覚スケールとは乖離したものへ、具体的なものから抽象的なものへと読者を導いていく、この全体構成の企みの大胆さ。それを実現してしまう膨大な知識。

人間は、抽象的な概念操作を無理なくこなせる不思議な動物だが、最終章「算術」に至って、数を数えられる、ということの不思議さが実感をもって迫ってきて、身震いする。この世界、そしてこの世界の一員であるぼく自身の存在の不思議さ、おもしろさを存分に味わわせてくれる。

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進化する階層

進化する階層故メイナード・スミスの集大成ともいえる1冊。大量の参考文献を踏まえ、メイナード・スミスとサトマーリの生命観が、太古から現在、化学進化から社会の進化まで、幅広い時間的スケールと空間的解像度において論じ、展開される。

進化生物学の古典として位置づけられることが間違いないであろうこの良書が、すでに絶版となり、書店で日本語版が手に入らないという状況は痛ましい限り。朝日新聞社刊「生命進化8つの謎」は本書のダイジェスト版で、より新しい内容が加えられアップデートもされているが、議論が尽くされることによる各トピックの深みにおいて、やはり本書の方が優れている。

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レボリューション・イン・ザ・バレー

レボリューション・イン・ザ・バレースティーブ・ジョブスを中心としたMacintosh開発にまつわる栄光と挫折のエピソードは数え切れないほど溢れている。その中でも、この本はおそらく空前絶後の最高傑作だろう。日本を代表するApple][ハッカーである柴田文彦氏の訳も愛情と気合いに溢れている。

断片的な逸話のなかから、Macの開発に携わった人達の魅力的なキャラクターが、徐々に輪郭鮮明に立ち現れてくる。そしてなにより、ものをつくる集団。それも世界を変えるものをつくる集団だけが持つ熱気、幸福感といったものが読むものにもひしひしと伝わってくる。一生の間のひとときでもいい、こんな時間を持てたら、なんと幸せなことだろうかと思う。もちろん、成功したがどうかが問題なのではない。この過程の中に身を置き、体験することに価値がある。だからこそ、この本を通じて追体験することで、こんなにもワクワクするのだ。

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いち・たす・いち

いち・たす・いちかなり衝撃的。脳内で「創造力」「心」といったものを産みだす非線形のゆらぎが、どこに由来するかについて、すばらしく斬新な仮説を提示しています(読む人の楽しみを奪うので敢えて書きません)。検証には多大な困難がありそうですが、久々にワクワクする仮説に出会った気分です。
核心に至るまでの部分も、コンピュータ、量子力学、熱力学、神経科学、複雑系、進化論、自己組織化などについての超入門編の総説になっており、これから勉強しようとする人にはオススメです。これらの諸領域が、どう組み合わさって今世紀の科学を形づくっていくのか、著者の考えも語られています。

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銃・病原菌・鉄

銃・病原菌・鉄〈下巻〉銃・病原菌・鉄〈上巻〉 今年度最高のポピュラー・サイエンスだろう。大傑作である。
 わかりやすくありながら、ハードな専門家にも大きなメッセージを投げかけ、また、依ってたつ視点は政治的にも大きな影響を与えうる。本書はピュリッツァー賞を受賞しているが、まさに、それに値する一冊である。
 20世紀も幕を降ろそうとしている現代世界を眺めまわしてみると、人類の富と権力は、あまりにも偏在している。アメリカ合衆国をはじめとした、ユーラシア大陸(ヨーロッパ、北アフリカ〜極東)に出自を置く民族たちにである。
 原書、日本語版とも、表紙を飾るのは、ピサロが、インカ皇帝アタワルパを輿から引きずり落とす瞬間を描いた油絵である。これに象徴されるように、人類の歴史では、15世紀以降、ユーラシアの民族が、他大陸(南北アメリカ、アフリカ、オセアニア)を圧倒し、蹂躙し、富と権力を独占した。
 ダイアモンドは、そもそも進化生物学者である。25年前、そのフィールドワークで訪れたニューギニアで、原住民のヤリがダイアモンドに疑問を投げかけた。「ニューギニアが西洋文明から取り入れたことはとてもたくさんあるのに、なぜ、ニューギニアには西洋に与えられるものがほとんどないのだろう」博覧強記のダイアモンドは、この問いに答えられなかった。本書は、25年を経て、ヤリの問いにダイアモンドが答えるという形式の上に成り立っている。
 そこでダイアモンドは、まずひとつの立場をとる。地球上に暮らす民族間に、そもそも能力差などなかったという前提を導入するのだ。すなわち、本書の主張が成功を納めるなら、いまだ巷間にはびこる人種差別主義者の論拠のほとんどを打ち砕くことができる。そして、その主張はほぼ成功しているように思える。これが、本書にピュリッツァー賞が与えられた大きな理由であろう。
 ダイアモンドが、民族間に能力差がないと判断するに至ったのは、やはり、ニューギニアでの経験に依るところが大きいようだ。ニューギニアには、ほぼ同時期に人類が入植している。つまり、同じ集団の同じ能力を持つ人々が、数千の島々に散っていったのだ。そして、おのおのの島では、実に多彩な文化が花開いた。高地では、地球上で最大の人口密度の人間を養う集約農業が行われ、ハワイに帝国が築かれた一方で、20世紀に至るまで石器を使いつづけ、狩猟採集民として暮らしてきた人々もいる。この運命を分けたものは何か? それは、彼らの入植した島々の環境であろうとダイアモンドは推理する。珊瑚環礁の島には鉱床はなく、金属器を持ち得るはずがない。栽培可能な植物がなければ農業は始まらない。寒冷に過ぎても農業はできない。広く暖かな島では農業が行え、定住ができ、集落が生じる。最初にたどり着いた場所の気候、地味、植生、動物相といった環境が、数千年にわたって民族の運命を左右すると、ダイアモンドは主張する。
 そして、その発想を1万3000年の人類史に拡張する。この20世紀の世界を決めた最大の要因は、それぞれの民族が偶然に居着いた環境なのだと。その仮定から、なぜ農業や牧畜はユーラシア大陸で特に発達したのか? なぜ、ユーラシアの病原菌が南北アメリカの原住民を殺戮する一方で、南北アメリカの感染症がユーラシアを脅かすことがなかったのか? なぜ、ヨーロッパをリードしていた中国は失速したのか? といった、人類史の大いなる謎に挑んでいく。その手続きは、考古学および言語学的な証拠を主に、さまざまな学術情報を駆使した、非常に科学的かつ客観的なものである。エピローグで、ダイアモンドは、歴史学は歴史科学として、より定量化された学問になりうると主張する。
 本書を読んで歴史科学を志す人たちが、必ずやいるに違いない。
 そんな熱気と知性が同居する、正真正銘、これがポピュラーサイエンスの傑作として誰しもに推薦したい一冊である。

放浪の天才数学者エルデシュ

放浪の天才数学者エルデシュ 1996年に他界した、今世紀を代表する数学者エルデシュの伝記、というか逸話集。
 決まったポストを嫌い、世界中を放浪して多くの論文を書く数学者がいるとう話は、ずいぶん前から聞いたことがあった。それが、本書の主人公ポール・エルデシュらしい。その放浪癖は、数学者には変人が多いことの端的な例として挙げられるのだが、本書を読むと、なるほどエルデシュという人は、かなり奇妙奇天烈な人だが、是非とも会ってみたくなる。敬い遠ざけたくなるような変人と違って、エルデシュには、人間離れした知性や振る舞いとともに、人間らしい優しさと愛嬌が同居している。
 エルデシュは、毎年のように世界25カ国ほどを渡り歩き、予告もなく各国の知人の家を訪れては、夜討ち朝駆けを気にもせずドアを叩き「わしの頭は営業中だ」と告げる。コーヒーと薬物の助けを借りて、1日19時間を数学に費やし、数学以外のことは何も知らなかった。靴ひもも満足に結べず、雨が吹き込んだら窓を閉めるということすらできないほどに!
 エルデシュは400人以上の共同研究者と、1500以上の論文を書いた。どちらの数字も、空前絶後だ。1500の論文のほとんどが、数学を前進させる重要な論文であり、また、かれは共同研究者を求めることにより、若き数学者を育てた。
 エルデシュは愛されていたし、いまも愛されている。
 その象徴に、エルデシュ番号というものがある。
 エルデシュと共著論文を書いた人物は、エルデシュ番号1だ。エルデシュ番号1の人と論文を書けば、エルデシュ番号2、エルデシュ番号2の人と一緒に論文を書けば、エルデシュ番号3といった具合に付される番号で、現在、エルデシュ番号7までが確認されており、それ以外の人のエルデシュ番号は∞である。エルデシュ番号によって、数学者のネットワーク図が描けるが、それを解析した論文があるくらい、エルデシュ番号は数学の世界ではポピュラーであり、エルデシュ番号1は羨望の的であるようだ。
 3歳で三桁のかけ算をこなし、4歳で負の数を自ら発見したエルデシュ。本書を読むことにより、とんでもない天才が世の中にはいて、また同時に、愛すべき人間であったと実感できる。それは、人間という生き物の持つ可能性の広さすら感じさせてくれれる。
 同時に本書は、20世紀を彩った数学者たちをも概観しており、数学の美しさを垣間見るには、絶好の書となっている。

 原題は“The Man Who Loved Only Numbers”こちらの方が断然すばらしい。