今年度最高のポピュラー・サイエンスだろう。大傑作である。
わかりやすくありながら、ハードな専門家にも大きなメッセージを投げかけ、また、依ってたつ視点は政治的にも大きな影響を与えうる。本書はピュリッツァー賞を受賞しているが、まさに、それに値する一冊である。
20世紀も幕を降ろそうとしている現代世界を眺めまわしてみると、人類の富と権力は、あまりにも偏在している。アメリカ合衆国をはじめとした、ユーラシア大陸(ヨーロッパ、北アフリカ〜極東)に出自を置く民族たちにである。
原書、日本語版とも、表紙を飾るのは、ピサロが、インカ皇帝アタワルパを輿から引きずり落とす瞬間を描いた油絵である。これに象徴されるように、人類の歴史では、15世紀以降、ユーラシアの民族が、他大陸(南北アメリカ、アフリカ、オセアニア)を圧倒し、蹂躙し、富と権力を独占した。
ダイアモンドは、そもそも進化生物学者である。25年前、そのフィールドワークで訪れたニューギニアで、原住民のヤリがダイアモンドに疑問を投げかけた。「ニューギニアが西洋文明から取り入れたことはとてもたくさんあるのに、なぜ、ニューギニアには西洋に与えられるものがほとんどないのだろう」博覧強記のダイアモンドは、この問いに答えられなかった。本書は、25年を経て、ヤリの問いにダイアモンドが答えるという形式の上に成り立っている。
そこでダイアモンドは、まずひとつの立場をとる。地球上に暮らす民族間に、そもそも能力差などなかったという前提を導入するのだ。すなわち、本書の主張が成功を納めるなら、いまだ巷間にはびこる人種差別主義者の論拠のほとんどを打ち砕くことができる。そして、その主張はほぼ成功しているように思える。これが、本書にピュリッツァー賞が与えられた大きな理由であろう。
ダイアモンドが、民族間に能力差がないと判断するに至ったのは、やはり、ニューギニアでの経験に依るところが大きいようだ。ニューギニアには、ほぼ同時期に人類が入植している。つまり、同じ集団の同じ能力を持つ人々が、数千の島々に散っていったのだ。そして、おのおのの島では、実に多彩な文化が花開いた。高地では、地球上で最大の人口密度の人間を養う集約農業が行われ、ハワイに帝国が築かれた一方で、20世紀に至るまで石器を使いつづけ、狩猟採集民として暮らしてきた人々もいる。この運命を分けたものは何か? それは、彼らの入植した島々の環境であろうとダイアモンドは推理する。珊瑚環礁の島には鉱床はなく、金属器を持ち得るはずがない。栽培可能な植物がなければ農業は始まらない。寒冷に過ぎても農業はできない。広く暖かな島では農業が行え、定住ができ、集落が生じる。最初にたどり着いた場所の気候、地味、植生、動物相といった環境が、数千年にわたって民族の運命を左右すると、ダイアモンドは主張する。
そして、その発想を1万3000年の人類史に拡張する。この20世紀の世界を決めた最大の要因は、それぞれの民族が偶然に居着いた環境なのだと。その仮定から、なぜ農業や牧畜はユーラシア大陸で特に発達したのか? なぜ、ユーラシアの病原菌が南北アメリカの原住民を殺戮する一方で、南北アメリカの感染症がユーラシアを脅かすことがなかったのか? なぜ、ヨーロッパをリードしていた中国は失速したのか? といった、人類史の大いなる謎に挑んでいく。その手続きは、考古学および言語学的な証拠を主に、さまざまな学術情報を駆使した、非常に科学的かつ客観的なものである。エピローグで、ダイアモンドは、歴史学は歴史科学として、より定量化された学問になりうると主張する。
本書を読んで歴史科学を志す人たちが、必ずやいるに違いない。
そんな熱気と知性が同居する、正真正銘、これがポピュラーサイエンスの傑作として誰しもに推薦したい一冊である。