夜の国のクーパー

夜の国のクーパーエンターテインメントの皮をかぶった純文学のような小説。ジャンル分けもほとんど意味をなさない、伊坂幸太郎の小説。
伊坂幸太郎は、どこかの談話かエッセイで「これからは書きたいことを書く」といったことを言っていたように記憶している。最近の作品では、徐々にそうした様子が表に出てきている印象があるが、「夜の国のクーパー」は、中でも「舵をきった」作品。そもそもオフビートな伊坂作品の中でもとりわけオフビートな作品だ。伊坂はあとがきで「同時代ゲーム」の読書体験を思いおこしながら書き綴ったことを控え目に吐露している。これまでの伊坂作品の系譜の先に位置づけようとすると若干の戸惑いがあるかもしれないが、大江健三郎の、なかでも「同時代ゲーム」を愛する作家が書いた作品として眺めれば、すとんと腑に落ちる。「同時代ゲーム」をオマージュしても、伊坂幸太郎が書くと、こうも読みやすくなってしまうのか、という感じ。
個体どうしが関わりあうことで、家族、コミュニティ、国家といった繋がりが生じ、やがて繋がりそのものが生き物のように振る舞って、時に個体を脅かす。近年の伊坂作品で繰り返し語られているテーマが、浮気した妻と現実逃避する夫、敵国の兵士に蹂躙された町、猫と鼠といったな道具立てで重層的に語られる。たいへん魅力的ではあるが、軽やかな語り口と語られるものごとが、きっちり噛みあっていたかといえば、若干の違和感も覚える。
それでも、今後の伊坂幸太郎がますます楽しみになった。

それにしても、本作の腰巻も、内容を伝えようというよりは「売れればよし」という情けないもので、この腰巻に釣られてがっかりした読者は少なくないだろうと想像する。