物質のすべては光

物質のすべては光自然科学は、理論と実験を両輪として進展していく営みです。最先端の素粒子物理学は、技術的にも経済的にも実験が非常に困難なレベルに突入しているため、理論科学と実験科学の関係が際立っている学術領域です。本書は、現代を代表する理論物理学者のひとりであるウィルチェックによるものです。素粒子物理学には、実験物理学のトップランナーにも、レーダーマンという、すばらしいポピュラーサイエンスの書き手がいます。レーダーマンの著作も併せて読むと双方の味わい深さが増します。
ウィルチェックは本書で、理論物理学者らしく、閃いたアイディアが新しい理論へと結実し、素粒子物理学を推進していく過程を描写しようとしています。何がどこまで、どのように理解されていた状況にあって、誰がどういった視点でこれまでにない新しいアイディアを思いついたかを、活き活きと描いています。アイディアや理論が次々と産まれ、実験による厳しい検証を生き抜き、この宇宙の構造の根源に一歩ずつ詰めよっていく様を、おそらく筆者自身も楽しんで、軽妙に描きだしています。
中盤までは「物質の質量は何に由来するか」という問いに貫かれています。つづいて、統一理論の感性を阻む一大要因である「重力の小ささ」の原因へと探索は進んでいきます。
ここでウィルチェックは「なぜ重力はかくも小さいのか」という問いを、別の問いに書き換えます。科学では、同じ真理を追い求めるときにも、具体的な問いの立て方を変える(問題を別の角度から照らしだす)ことで一気に解決への道が拓けることがあります。ウィルチェックは、問いを置き換え、これに答えることで、最新の理論素粒子物理学の到達点と限界を示そうとします。本書の原題は「The Lightness of Being」で「存在の耐えられない軽さ The Unbearable Lightness of Being」をもじったものです。そのことは、作者自身が本書冒頭で註釈していますが、「なぜ重力はかくも小さいのか」を書き換える、インパクト抜群の第15章「ほんとうにすべき質問」で、このタイトルの持つ響きが、より重層的なものへと深化するので、その点で、邦題はもう少しなんとかならなかったものか、と思います。
かなり込み入った、類書が棚上げしてしまっているような内容を、ウィルチェックは言葉をつくして易しく説明しようと骨を折っています。決して「なんだかすごいなあ」といったボンヤリした印象で読み終えてほしいとは考えていないでしょう。初学者が読むにはかなり手強い本ですが、この宇宙の基本的な姿を、宇宙の片隅に産まれた私たち人間が、どこまで理解できた(つもりでいる)のかを垣間見ることのできるすばらしい本です。

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