実験素粒子物理学者の大物2人の共著による対称性についてのポピュラーサイエンスです。レーダーマンの著作に共通していますが、実験科学者らしく、ざっくりと噛みくだいたわかりやすい説明がすばらしいです。本書のコアにあるのは、「対称性のあるところには保存則がある」というネーターの定理です。ネーターの定理は、対称性という高度に抽象的な数学的な概念と、現実世界を象ろうとする物理学を力強く結びつけます。著者はネーターの定理を足がかりとすることで、古典力学、相対性理論、量子力学、最新の素粒子論といった領域で、新しい視野が拓けていくことを、活き活きと描写しています。対称性という概念が物理学に与えたインパクトを語ったポピュラーサイエンスとしては最高の作品だと思います。
一方で、対称性の数学的な側面の説明は、意図的に割愛しているのでしょうが、やや淡泊です。物足りない方は、数学者の視点で優れたポピュラーサイエンスを多数書いているスチュアートの著作「もっとも美しい対称性」がオススメです。また、著者の本業である素粒子物理学の記述は、終盤にかなり駆け足でなされるに留まっています。こちらに興味のある方は、レーダーマンの旧作や、新しめの書籍としては「「標準模型」の宇宙」がオススメです。この3冊を読むと、現代科学というか人類にとっての対称性の価値が、ぼんやりとした雲のようなものではなく、手触りのある塊になって、それなりに腑に落ちると思います。本書の結びで著者も述べていますが、対称性は、今世紀以降を生きる人類の、新たな必須の教養だと確信しました。