☆5つでは足りないくらい、素晴らしいポピュラーサイエンスです。レーンの著書は、どれも傑作で邦訳にも恵まれていますが、その中でも最高です。これまでの著作を先に読んでおくと、理解しやすく、より楽しく読めるでしょう。最先端の生命科学が答えをだしていない、あるいは、生命科学者ですらその多くが敬遠しているような問題に、著者なりの解答を提案しています。そのため、初学者がすらすら読んで理解できるほど「ポピュラー」とはいえません。一読して驚くのもいいし、精読して参考文献も紐解きながら耽溺するのも楽しい、創意に満ちた知的冒険の書です。
取りあげられている10のトピック(生命の誕生、DNA、光合成、複雑な細胞、有性生殖、運動、視覚、温血性、意識、死)は、どれも、生命が複雑に進化する過程で獲得してきた能力です。現代を生きる私たちは、そうした能力を持つ生命を見慣れてしまっているため、ふだんいちいち不思議に思うことはありません。レーンは、10の各章で、それぞれの能力がいかに重要で、奇跡的で、精妙な装置であるかから語りはじめ、生命進化の長大なしかし限られた時間の中で、そうした奇跡がいかにして起こりえたのかを、現時点で明らかになっている科学的知見を総動員して考え、彼なりの解答を示します。どのトピックも、完全な答えの出ていない、未解決問題ばかりです。しかも、どれもとびきり重要な問題です。それらについてまとめあげて展望を与え、著者なりの仮説を示そうという本書の構想は壮大です。レーンはそれを成しとげ、読む者を圧倒する、生命科学の知の曼荼羅をつくりあげました。私も生命科学者の端くれですが、生命科学をやっていて本当に良かったと、この本を読んで再確認した思いです。