2. 突然変異と自然選択
進化の基本的な仕組みは、自己複製する情報に起こる突然変異と自然選択の繰り返しである。
生命は遺伝情報を格納したDNAを含む、自らを構成するすべてを複製し、増殖する。しかし、その複製装置は完璧ではないために、遺伝情報を複製する際にエラーが起こる。完璧ではない、といっても現生生物の複製時のエラー率は10億〜100億分の1程度であり、非常に高精度である。ただし、遺伝情報の量(ゲノムの大きさ)もまた巨大で、大腸菌で約450万塩基対、ヒトは約30億塩基対に達する。高精度のDNA複製装置をもってしても、ヒトの遺伝情報1組を複製する際に、1個から数個の突然変異が紛れ込むことになる。こうして、自己複製する生物個体は、完全に均一になることはできず、不均一な集団となる。
生物個体の自己複製の効率(複製速度)は、個体が置かれた環境との相互作用によって決まる。食物の存在量、温度をはじめ、あらゆる要素が、多かれ少なかれ、複製速度に影響を与える。同じ環境中に存在する他の生物も、そうした環境の一部である。むしろ、自分以外の生物こそが、最大の環境要因といえる場合も多い。
不均質で、さまざまなゲノム(遺伝情報)を持つ個体が環境と相互作用することで、個体の複製速度には差が生じる。そして、長い時間をかけて、多くの世代を経ることで、わずかであれ複製速度の大きいゲノムは、複製速度の小さいゲノムを圧倒し、絶滅へとおいやることになる。これが自然選択あるいは自然淘汰と呼ばれる過程だ。
自己複製する情報が存在し、複製が完璧でなければ(完璧なシステムなど望めない)突然変異が生じる。突然変異が生じれば、自己複製する個体の集団は不均一となり、それぞれの複製速度には差が生じる。そして、充分な世代数が経過すると、複製速度の大きい遺伝情報が圧倒的に増殖し、その他の個体群を絶滅に追いやる。
これが生命進化のプロセスの本質であり、完璧な自己複製システムが存在しない限り、自然選択が起こり、ある個体とその子孫が選択され、それ以外の個体とその子孫が淘汰され絶滅するのは、必然である。生命が進化するのは必然、つまり当たり前だ。そして、生命の進化が終わるのは、完璧な自己複製装置を作りだし、生態系の構成が微動だにせず安定した時か、すべての個体が死に絶えた時に限られる。
生命が進化するのは当たり前でも、どのように進化するかを解明するのは非常に難しい。
私たち自身を含め、現在地球上に生きる個体群が、どういった道程を経て今日まで生き延びたのか。そして地球の生態系の将来にはどんな変化が待ち受けているのか。それらを知るためには、進化を駆動する重要なメカニズムである自己複製、突然変異、自然選択が、私たちの生態系でどのように機能しているのかを解明する必要がある。